pH調整の微妙な世界:強酸・強アルカリと中性域での挙動の違い

水処理プロセスにおいて、pHの管理は極めて重要な要素です。工業排水処理、ボイラー水の水質管理、冷却水の腐食防止など、多岐にわたる場面で適切なpH値を維持することが求められます。
しかし、このpH調整は一筋縄ではいかない難しさがあります。特に、強酸性や強アルカリ性の領域と中性付近とでは、薬品添加に対するpHの変化の仕方が大きく異なるため、細心の注意が必要です。
本記事では、このpH調整の難しさについて、その原理とともに解説します。
pHとは何か?改めて基本をおさらい
まず、pHの基本的な定義から確認しましょう。pHは、水溶液の酸性またはアルカリ性の度合いを示す尺度であり、水素イオン濃度(厳密には水素イオン活量)の常用対数の逆数で定義されます。pHの値は0から14まであり、7が中性、7未満が酸性、7を超えるとアルカリ性となります。
pH=−log10[H+]
水処理においては、処理対象となる水の種類や目的によって、目標とするpH値が設定されます。この目標値から外れると、処理効率の低下、設備の腐食、あるいは環境への悪影響といった問題を引き起こす可能性があります。
強酸・強アルカリ域でのpH変化:比較的緩やかな変動
pHが極端に低い強酸性の状態(例:pH 1~2)や、極端に高い強アルカリ性の状態(例:pH 12~13)では、中和剤(アルカリや酸)を添加しても、pHの変化は比較的緩やかです。これは、既に溶液中に多量の水素イオン(H⁺)または水酸化物イオン(OH⁻)が存在するため、少量の薬品添加では全体のイオン濃度に対する変化の割合が小さいためです。
例えば、強酸性の排水にアルカリ剤を添加していく場合、初期の段階ではpHの上昇は緩やかです。ある程度の量のアルカリ剤を投入し続けることで、徐々に中性に近づいていきます。この段階では、多少薬品の添加量が変動しても、急激なpH変化は起こりにくいと言えます。
中性付近でのpH変化:微量な薬品添加が大きな変動を生む
問題は、pHが中性(pH 7近辺)に近づいてきたときです。この領域では、ごく少量の酸やアルカリの添加によって、pH値が急激に変動します。これは、pHが対数スケールで表されることに起因します。
pH 6からpH 7へ、あるいはpH 8からpH 7へと近づける際、ほんのわずかな薬品の過不足が、目標pH値を大きく外れる原因となり得ます。例えば、pH 5の酸性水を中和しようとしてアルカリを添加していくと、pH 6を過ぎたあたりから急にpHが上昇し始め、pH 7を通り越してpH 8やpH 9まで一気に変化してしまうことがあります。
この現象は、排水処理などで中和処理を行う際に特に問題となります。放流基準がpH 5.8~8.6などと定められている場合、この狭い範囲にpH値を精密にコントロールする必要があり、中性付近での急激な変動は調整を非常に難しくします。
なぜ中性付近でpH変化が急になるのか?対数のマジック
pHが対数で定義されていることが、この現象の鍵を握っています。pHが1変化するということは、水素イオン濃度が10倍変化することを意味します。
- pH 3 の水素イオン濃度:10−3 mol/L
- pH 4 の水素イオン濃度:10−4 mol/L (pH 3の1/10)
- pH 5 の水素イオン濃度:10−5 mol/L (pH 4の1/10)
- pH 6 の水素イオン濃度:10−6 mol/L (pH 5の1/10)
- pH 7 の水素イオン濃度:10−7 mol/L (pH 6の1/10)
強酸性領域(例:pH 1からpH 2へ)では、水素イオン濃度が10−1 mol/Lから10−2 mol/Lへと変化します。この変化量は、0.1−0.01=0.09 mol/Lです。 一方、中性付近(例:pH 6からpH 7へ)では、水素イオン濃度が10−6 mol/Lから10−7 mol/Lへと変化します。この変化量は、0.000001−0.0000001=0.0000009 mol/Lです。
つまり、同じpH 1の変化でも、中性付近ではごく微量のイオン濃度の変化がpH値に大きく影響するのです。薬品を添加してイオン濃度を変化させる際、強酸・強アルカリ域では大量の薬品が必要ですが、中性付近ではその10分の1、100分の1といった微量な薬品量でpHが大きく動いてしまうのです。これが「指数で効いてくる」という表現が意味するところです。
適切なpH調整のために
このようなpH調整の難しさ、特に中性付近での微妙なコントロールを実現するためには、以下の点が重要になります。
- 高精度なpHセンサーの選定と適切な校正: 正確なpH測定が全ての基本です。
- 攪拌の最適化: 薬品と処理水が均一に混合されることで、局所的なpHの偏りを防ぎます。
- 適切な薬品選定と注入方式: 処理対象の水質や量に応じて、最適な薬品と注入ポンプ、制御方式(オンオフ制御、PID制御など)を選定する必要があります。
- 緩衝作用の理解: 処理水に含まれる物質によっては緩衝作用(pH変化を和らげる作用)が生じることがあり、これを考慮した調整が必要です。
まとめ
pH調整は、水処理技術の中でも特に経験とノウハウが求められる分野です。
もし、pH調整がうまくいかない、より精密な制御を行いたいといったお悩みをお持ちでしたら、まずは専門の業者にご相談されることをお勧めします。
専門業者が周りにいない時や、第三者の意見を聞きたいときは、工場のセカンドオピニオンであるウォーターデジタル社にぜひお問い合わせください。