生物処理におけるSS起因BODと溶解性BODの挙動と運転管理への影響

水処理、特に生物処理の分野で運転管理に携わる皆様にとって、BOD(生物化学的酸素要求量)は最も重要な水質指標の一つです。
しかし、同じBOD値であっても、その内訳である「SS(浮遊物質)起因のBOD」と「溶解性BOD」の比率によって、生物処理槽での挙動は大きく異なり、時に処理不調の原因となります。
本記事では、この二つのBODの違いと、それが実際の水処理運転に与える影響、そして注意すべき点について技術的な観点から解説します。
SS起因BODと溶解性BODの基本的な違い
まず、両者の定義を明確にしておきましょう。
- 溶解性BOD (Soluble BOD / SBOD) ろ紙などでろ過した後の水に含まれるBOD成分です。水に完全に溶け込んでいる糖類、アルコール、有機酸などがこれにあたります。微生物はこれらの物質を直接細胞内に取り込み、エネルギー源として速やかに分解することができます。
- SS起因BOD (Suspended Solid BOD / SS-BOD) ろ過によって除去される浮遊物質(SS)に由来するBOD成分です。デンプン、タンパク質、油脂などの高分子有機物が主な成分です。これらは粒子状であるため、微生物は直接分解することができません。
この二つのBODの合計が、私たちが通常測定している全BOD(Total BOD / T-BOD)となります。
T−BOD=溶解性BOD+SS起因BOD
生物処理プロセスにおける分解速度の違い
この二つのBODの最大の違いは、微生物による分解プロセスの速度です。
溶解性BODは、微生物にとってすぐに利用できる「食事」です。曝気槽(生物反応槽)に流入すると、比較的速やかに微生物に取り込まれ、分解されます。
一方、SS起因BODは、そのままでは微生物が利用できない「調理前の食材」のようなものです。微生物はまず、体外酵素を放出してSSを低分子の溶解性物質に分解(この過程を加水分解と呼びます)する必要があります。この加水分解を経て初めて、微生物は物質を細胞内に取り込み、分解することができます。
つまり、SS起因BODの分解には「加水分解」という一手間がかかるため、溶解性BODに比べて分解に時間がかかる、という特性があります。
SS起因BODが高い排水が処理に与える影響
原水中のBODに占めるSS起因BODの割合が高い場合、水処理の運転管理において以下の点に注意が必要です。
1. 見かけのBOD負荷と実負荷のタイムラグ 流入原水のBOD値を測定した際、高い数値が出たとしても、その大部分がSS起因BODであった場合、微生物が実際に感じる負荷(=分解できる状態のBOD負荷)は、時間差をもってピークを迎えます。このタイムラグを理解していないと、BOD負荷が高いと判断して曝気風量を過剰にしたり、逆に負荷が低いと勘違いして対応が遅れたりする可能性があります。
2. 曝気槽(生物反応槽)での滞留時間の重要性 SS起因BODの分解には加水分解の時間が必要となるため、曝気槽での十分な滞留時間(HRT: Hydraulic Retention Time)の確保が極めて重要になります。設計時よりもSS起因BODの比率が高い排水を受け入れている場合、滞留時間が不足し、加水分解が不十分なままSSが後段の沈殿槽へ流出する原因となります。
後段処理(沈殿槽)への影響と注意点
曝気槽で分解されなかったSS起因BOD、つまり未分解の有機性SSは、活性汚泥とともに沈殿槽へ送られます。これが沈殿槽でトラブルを引き起こす要因となります。
- 汚泥の沈降性悪化 未分解の有機性SSが沈殿槽内で腐敗・ガス化し、汚泥の浮上(バルキング)を引き起こすことがあります。
- 処理水質の悪化 沈殿槽から流出する処理水中のSS濃度が上昇し、結果として処理水のBOD値も悪化します。BOD除去率が思うように上がらない場合、この未分解SSの流出が原因であるケースは少なくありません。
安定運転に向けた分析と評価
安定的な水処理を実現するためには、定期的に全BODと溶解性BODを測定し、その比率を把握することが推奨されます。
- 流入原水のBOD内訳の把握: SS起因BODの比率が高い場合は、前処理(凝集沈殿や加圧浮上など)で物理的にSSを除去することも有効な対策です。
- 曝気槽出口での溶解性BODの確認: 曝気槽出口で溶解性BODが十分に低減されていれば、微生物による分解は順調に進んでいると判断できます。もし、処理水のBODが高い場合は、SSの流出を疑うべきです。
BODの内訳を理解し、安定的な水処理を実現するために
BODという一つの指標も、その内訳である「SS起因」か「溶解性」かによって、生物処理における挙動は大きく異なります。特にSS起因BODは分解に時間がかかり、曝気槽の滞留時間や後段の沈殿槽へ影響を与えやすいという特徴があります。
自社の排水特性を正しく理解し、BODの内訳を意識した運転管理を行うことが、処理トラブルを未然に防ぎ、安定した水処理を実現するための鍵となります。
まとめ
ある程度、排水処理に慣れてくると「こうすれば良いはず」とか「前回と同じだ」と思って、誤った判断をする可能性があります。
排水処理、特に生物処理に関しては予想もしないトラブルが発生する事があります。製造ラインの切り替えや、急な洗浄、製造原料の変更など、様々な要因から不具合が発生することがありますので、水処理設備のことでお困りの際は、まずはお付き合いのある専門業者にご相談ください。
専門業者が周りにいない時や、第三者の意見を聞きたいときは、工場のセカンドオピニオンであるウォーターデジタル社にぜひお問い合わせください。