【いにしえの水処理技術 第2回】散水ろ床法の仕組みと現代への進化(DHSリアクター)
水処理技術の歴史を紐解く「いにしえの水処理技術」シリーズ。第二回目となる今回は、微生物だけでなく、より高次の生物の働きも巧みに利用したユニークな生物処理法「散水ろ床法(さんすいろしょうほう)」をご紹介します。そして、その思想を受け継ぎ、現代の技術で見事に進化を遂げた「DHSリアクター」についても解説します。
散水ろ床法とは?
散水ろ床法は、排水中の有機物を微生物の力で分解する「生物処理法」の一種です。具体的には、砕石やプラスチック製のろ材を充填した槽(ろ床)の上から排水をシャワーのように散水し、ろ材の表面に自然繁殖した微生物(生物膜)に汚れを分解させる方法です。活性汚泥法のように微生物を水中に浮遊させるのではなく、固形のろ材に付着させて処理することから「生物膜法」に分類されます。
散水ろ床法の構造と浄化のメカニズム
散水ろ床の構造は、主に以下の2つで構成されています。
- ろ床(Filter Bed): 汚水と空気が接触しやすいように、砕石やプラスチック製のろ材が充填された槽。
- 散水装置(Distributor): ろ床の上部に設置され、回転しながら排水を均一に散水する装置。
排水が散水装置からろ材の表面を伝って流れ落ちる間に、表面に形成された生物膜が排水中の有機物を栄養源として取り込み、分解・浄化します。この時、ろ材の隙間を空気が自然に通り抜けるため、微生物は常に酸素を得ることができ、活発な好気性分解が行われます。
散水ろ床法のユニークなメリット
この技術の最も興味深い点は、ろ床という閉鎖空間に、一種の「生態系」が形成されることにありました。
- 驚くほど少ない汚泥発生量 ろ床の生物膜が厚くなると、その内部ではハエの幼虫(ウジ)やミミズといった高次の生物が発生します。彼らは増殖しすぎた微生物(=余剰汚泥)を捕食して成長し、やがて成虫(ハエなど)となってろ床から飛び立っていきます。つまり、ろ床内で食物連鎖が成立し、汚泥として蓄積されるはずだった有機物が、昆虫のエネルギーとして系外に持ち出されたのです。
- 省エネルギーな運転 活性汚汚泥法では必須の曝気(ばっき)動力が不要で、排水を散水するポンプの動力だけで済む、非常に省エネルギーな技術でした。
現代では許容されないデメリットと課題
しかし、そのユニークなメリットは、現代の衛生観念や環境基準では許容しがたい大きなデメリットと表裏一体でした。
- 衛生上の問題(ハエの大量発生) 最大の課題は、汚泥を分解してくれるハエが大量に発生し、処理施設周辺に飛散することでした。
- 排水の飛散による健康リスク 排水を散水する際に生じる細かいしぶき(エアロゾル)が、病原菌などを拡散させるリスクがありました。
これらの課題、特に衛生面での問題が社会的に許容されなくなり、散水ろ床法は次第に姿を消していきました。しかし、この技術が持っていた「生態系を利用した汚泥削減」と「省エネ」という優れた思想は、形を変えて現代に活かされています。
散水ろ床法の進化形:DHS(Down-flow Hanging Sponge)リアクター
散水ろ床法のコンセプトを受け継ぎ、その欠点を克服したのが、日本で開発された「DHS(Down-flow Hanging Sponge)リアクター」です。これは、散水ろ床法の思想を現代の素材と知見でアップデートした革新的な技術と言えます。
DHSリアクターは、砕石の代わりに、特殊なスポンジ状の担体を吊り下げ(Hanging)、その上から排水を流下(Down-flow)させます。散水ろ床法からの進化点は以下の通りです。
- 担体の進化と高次生物の制御 微生物が付着する「ろ材」が、砕石からスポンジに変わったことが最大のポイントです。スポンジは内部に無数の微細な空間を持つため、微生物を極めて高濃度に保持できます。さらに、そのスポンジ内には、ハエの幼虫ではなく、ワムシやミミズといった微小動物(後生動物)が高密度で生息します。彼らが余剰汚泥を捕食してくれるため、散水ろ床法と同様に汚泥発生量が削減が期待できます。施設が覆われているため、ハエが外部へ飛散することもありません。
- 衛生問題の克服 DHSは施設全体を覆うことが可能なため、散水ろ床法の課題であったハエの飛散やエアロゾルの問題を完全に解決しました。これにより、衛生的で安全な運転が可能となります。
- 閉塞問題の解消 スポンジ担体は、保持できる微生物量が多く、余剰汚泥は定期的に自然と剥がれ落ちる(自己剥離する)ため、散水ろ床法で問題となりやすかったろ床の閉塞(目詰まり)が起こりにくい構造になっています。
DHSリアクターは、曝気動力が不要という省エネ性はそのままに、汚泥発生量を極限まで抑え、かつ衛生的であることから、特に開発途上国の排水処理施設などで導入が進んでいます。
まとめ:いにしえの技術から学ぶ「進化」の形
散水ろ床法は、施設内に人工的な生態系を構築し、食物連鎖の力で汚泥削減と省エネを両立させた画期的な技術でした。そのコンセプトは、DHSリアクターという形で現代に蘇りました。これは、いにしえの技術が持つ優れた思想が、新しい素材や科学的知見と結びつくことで、現代社会の課題を解決する新たなソリューションへと進化しうることを示す好例と言えるでしょう。
工場の排水処理や汚泥の削減についてお困りの際は、まずはお近くの専門業者にご相談することをお勧めします。
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