【技術者向け】重金属排水処理における頻発トラブルと、その実践的解決策

工場の安定稼働において、排水処理、特に重金属を含んだ水の処理は極めて重要なプロセスです。特定有害物質に指定される重金属は排出基準が厳しく、一度トラブルが発生すると生産活動への影響はもちろん、周辺環境へのリスクにも直結しかねません。

多くの現場で採用されている凝集沈殿法は、比較的安価で効果的な水処理技術ですが、流入原水の性質変化に弱く、些細なきっかけで処理が不安定になることがあります。

本ブログでは、重金属処理の現場でよく見られるトラブル事例を挙げ、その原因と具体的な対策について、水処理技術者の視点から解説します。

なぜ重金属処理はトラブルが起きやすいのか?

重金属処理が不安定になりやすい主な理由は、その処理原理が化学反応に基づいている点にあります。水酸化物イオンとの反応による不溶化が基本ですが、この反応は以下の要因によって大きく左右されます。

  • pHの変動: 重金属の種類によって、最も水に溶けにくくなる最適pH領域(等電点)が異なります。pHがこの領域から少しでも外れると、溶解度が急激に上昇し、処理水質が悪化します。
  • 共存物質の影響: 排水中には、重金属の他に様々な有機物や錯化剤(キレート剤など)が共存しています。これらが重金属と強く結びつくと(錯体形成)、pHを調整しても水酸化物として沈殿しにくくなります。
  • 流入水量・濃度の変動: 生産状況によって、排水の水量や重金属濃度は常に変動します。この変動に薬剤の注入量が追従できないと、処理バランスが崩れてしまいます。

これらの要因が複雑に絡み合うことで、重金属処理のトラブルは引き起こされます。

【トラブル事例1】凝集不良による処理水の濁り

最も頻繁に発生するトラブルの一つが、凝集不良です。凝集槽や沈殿槽の処理水が白く濁ったり、SS(浮遊物質)が流出したりする現象です。

主な原因:

  • pHの不一致: 処理対象の重金属に対して、pHが最適領域から外れている。
  • 薬剤注入量の不適合: 凝集剤(PACや塩化第二鉄など)やpH調整剤の注入量が、流入する重金属の負荷に対して過剰または不足している。
  • 攪拌条件の不適切: 攪拌が弱すぎて薬剤と排水が十分に混ざらない、あるいは強すぎて一度形成されたフロック(塊)が破壊されている。

対策のポイント: まずはpH計の校正を定期的に行い、正確な測定ができているかを確認することが基本です。その上で、ラボでのジャーテスト(ビーカー試験)を再度実施し、現状の排水に対する最適なpHと薬剤注入率を再評価することが有効です。また、攪拌機の回転数や攪拌時間を見直し、緻密で沈降性の良いフロックが形成される条件を探すことも重要です。

【トラブル事例2】処理水中の特定重金属の濃度超過

凝集沈殿処理を行っているにもかかわらず、ニッケルや銅、亜鉛といった特定の重金属だけが基準値を超えてしまうケースも少なくありません。

主な原因:

  • 錯体の形成: 洗浄剤やめっき薬品に含まれるキレート剤が原因で、重金属が水中に溶け込んだまま(錯体を形成したまま)流出している。
  • 水酸化物沈殿の限界: そもそも対象の重金属の水酸化物が、基準値をクリアできるほど溶解度が低くない。
  • 還元不足(六価クロムなど): 六価クロムなど、イオンの形態で存在する重金属は、事前に三価クロムへ還元しないと水酸化物として沈殿しません。この還元処理が不十分な可能性があります。

対策のポイント: 錯体が疑われる場合は、その原因物質を特定し、生産工程での使用を代替できないか検討するのが根本的な解決策です。水処理側での対策としては、特殊なキレート剤を添加して重金属を捕集する方法や、酸化剤を添加して錯体を分解する前処理が考えられます。また、六価クロムの場合はORP(酸化還元電位)計の管理を徹底し、還元剤が適正に機能しているか常に監視する必要があります。

【トラブル事例3】汚泥の脱水性が悪化し、産廃コストが増大する

水処理の結果として発生する汚泥は、脱水して水分を減らしてから産業廃棄物として処分されます。この汚泥の脱水性が悪いと、含水率の高い「べたついた」ケーキとなり、処分費用(重量あたり)が増大してしまいます。

主な原因:

  • 薬剤の過剰添加: 特にPACなどの無機凝集剤を過剰に添加すると、非常に微細な水酸化物フロックが生成され、脱水性を著しく悪化させます。
  • 生物処理汚泥の混入: 生物処理工程を持つ工場の場合、バルキング(微生物の異常増殖)を起こした汚泥が混入すると、脱水性が悪くなることがあります。

対策のポイント: ここでもジャーテストが有効です。薬剤添加量を段階的に変えてテストを行い、汚泥発生量が少なく、かつ沈降性の良い最適な添加率を見つけ出すことがコスト削減に直結します。高分子凝集剤の選定や添加方法を見直すことも、ケーキの含水率を改善する上で効果的です。

安定した重金属処理を実現するために

重金属処理のトラブルを防ぎ、安定した水質を維持するためには、日々の地道な管理が不可欠です。

  • 運転記録と水質データの蓄積: pH、水量、薬剤注入量、処理水質などのデータを毎日記録し、傾向を把握することがトラブルの予兆検知に繋がります。
  • 定期的なジャーテスト: 原水の水質は常に変動する可能性があるため、定期的にジャーテストを行い、最適な運転条件をアップデートしていくことが望ましいです。
  • 生産部門との連携: 生産ラインでの使用薬品の変更や洗浄方法の変更は、排水の水質に大きな影響を与えます。日頃から情報共有できる体制を構築しておくことが重要です。

水処理のトラブルは、原因が一つとは限らず、複数の要因が複合的に絡み合っている場合がほとんどです。自社での解決が難しいと感じた場合や、原因の特定に至らない場合は、無理せず水処理の専門業者に相談することをお勧めします。


専門業者が周りにいない時や、第三者の意見を聞きたいときは、工場のセカンドオピニオンであるウォーターデジタル社にぜひお問い合わせください。

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