【水処理の基礎知識】工場設備担当者が押さえておきたい専門用語3選 (3)

工場の水処理設備を担当される皆様、日々の業務、誠にお疲れ様です。この連載では、水処理の現場で頻繁に使われるものの、初学者には少し難解に感じられる専門用語を解説しています。第1弾では「SS」「BOD」「pH」、第2弾では「COD」「活性汚泥」「DO」と、水質の基本指標から生物処理の核心に迫る用語を取り上げてきました。
連載第3弾となる今回は、排水から特定の物質を除去するための具体的な処理技術や、環境保全の観点から特に重要視される汚濁物質、そして特定の産業で問題となりやすい成分に関する用語に焦点を当てて解説します。これらの知識は、排水処理設備の適切な選定や運転管理、さらには環境規制への対応力を高める上で役立つはずです。
凝集処理とは? – 濁りを取るための化学の力
まずご紹介するのは「凝集処理(ぎょうしゅうしょり)」です。これは、排水中に存在する微細な浮遊物質(SS)や、そのままでは沈殿しにくいコロイド状の粒子を、化学薬品(凝集剤)の力を借りて大きく成長させ、沈降や浮上によって効率的に分離除去するための水処理技術です。
なぜ凝集処理が必要か?
排水中の濁りの原因となる粒子は、非常に小さかったり、粒子同士が反発し合っていたりするため、自然に沈降させるには長い時間がかかったり、そもそも沈まなかったりします。凝集処理は、これらの粒子を強制的に集合させて大きな塊(フロックと呼びます)にすることで、後段の沈殿池や加圧浮上装置での固液分離を容易にし、処理効率を大幅に向上させます。
凝集処理のメカニズムと薬剤
凝集処理は、大きく分けて以下のステップで進行します。
- 凝集剤の添加と混合: PAC(ポリ塩化アルミニウム)や硫酸バンド(硫酸アルミニウム)、塩化第二鉄などの無機凝集剤を排水に添加し、急速にかくはんして均一に分散させます。これにより、微細粒子の表面電荷が中和され、粒子同士が反発しにくくなります。
- フロック形成: 次に、アクリルアミド系の高分子凝集剤などを添加し、緩やかにかくはんします。これにより、中和された微小な粒子同士が架橋され、大きく強固なフロックへと成長します。
適切な凝集剤の種類や添加量、pH条件、かくはんの強さや時間は、排水の性状によって大きく異なるため、事前に「ジャーテスト」と呼ばれる小規模な実験を行い、最適な条件を見極めることが非常に重要です。凝集処理は、SS除去だけでなく、リンの除去や脱色などにも応用される汎用性の高い技術です。
窒素・リンとは? – 富栄養化の原因とその対策
次にご紹介するのは「窒素(N)」と「リン(P)」です。これらは植物の生育に必要な栄養素ですが、工場排水や生活排水に含まれて河川や湖沼、海域などの公共用水域に過剰に流入すると、「富栄養化(ふえいようか)」という環境問題を引き起こす原因となります。
富栄養化とは何か?
富栄養化とは、水域が窒素やりんなどの栄養塩類で満たされた状態になることです。これにより、プランクトンが異常繁殖し、アオコ(淡水域)や赤潮(海水域)が発生します。これらの現象は、景観を損なうだけでなく、以下のような深刻な問題を引き起こします。
- 水中の溶存酸素の欠乏(プランクトンの死骸が分解される際に酸素を大量消費するため)
- 魚介類のへい死
- 水道水のカビ臭問題
- 生態系のバランスの崩壊
窒素・リンの排水規制と処理技術
このような環境問題を防ぐため、排水基準では窒素やりんの濃度が厳しく規制されています(特に閉鎖性水域への排水)。工場排水中の窒素は、アンモニア態窒素、亜硝酸態窒素、硝酸態窒素、有機態窒素といった形態で存在し、りんも同様にりん酸態りんや有機態りんなどの形態で存在します。
主な処理技術としては、以下のようなものがあります。
- 窒素除去: 生物学的硝化脱窒法(微生物の働きで窒素ガスに変えて大気中に放出する)が主流です。他にも、アンモニアストリッピング法、活性炭吸着法などがあります。
- リン除去: 凝集沈殿法(凝集剤を添加してりん酸塩を沈殿除去する)や、生物学的リン除去法(微生物にりんを過剰に取り込ませて除去する)などがあります。
自社の排水特性と規制値を考慮し、適切な処理方法を選定・導入することが求められます。
ノルマルヘキサン抽出物質とは? – 排水中の油分とその影響
最後に解説するのは「ノルマルヘキサン抽出物質(n-Hexane Extractables)」です。これは、排水試験法において、ノルマルヘキサンという有機溶剤に溶解する物質の総称で、一般的には排水中に含まれる「油分」の指標として用いられます。
具体的には、鉱物油(機械油、潤滑油、燃料油など)や動植物油脂(食品工場からの廃油、動植物由来の原料に含まれる油分など)、脂肪酸、ワックス類などがこれに該当します。
排水中の油分が引き起こす問題
排水中に油分が多く含まれていると、以下のような様々な問題を引き起こす可能性があります。
- 配管や設備の閉塞・付着: 油分が冷却されて固化したり、他の固形物と結合したりして、配管やポンプ、処理槽などに付着・堆積し、詰まりや機能低下の原因となります。
- 生物処理への阻害: 活性汚泥などの微生物に油膜が形成されると、酸素や栄養の取り込みが阻害され、処理能力が低下します。
- 悪臭の発生: 油分が腐敗することで不快な臭いが発生します。
- 水生生物への悪影響: 水面に油膜が広がると、水中の酸素供給が遮断されたり、魚のエラに付着したりして、水生生物に悪影響を与えます。
- 火災・爆発のリスク: 引火性の高い油分の場合、火災や爆発の危険性も伴います。
油分の規制と処理
排水基準では、ノルマルヘキサン抽出物質として「鉱油類含有量」と「動植物油脂類含有量」がそれぞれ規制されており、業種や排出先によって基準値が異なります。
主な除去方法としては、比重差を利用した「油水分離槽(オイルスキマーなど)」、微細な油滴を浮上分離させる「加圧浮上分離装置」、油分を吸着材に吸着させる「活性炭吸着処理」などがあります。また、乳化(エマルジョン化)している油分に対しては、凝集処理や乳化破壊処理が有効な場合もあります。
まとめ
今回は、具体的な処理技術である「凝集処理」、環境保全の観点から重要な「窒素・リン」、そして特定の産業で問題となりやすい「ノルマルヘキサン抽出物質」について解説しました。これらの用語は、排水処理設備の選定、運転管理、そして環境規制への対応を考える上で非常に重要です。
水処理に関するお悩みや疑問点、あるいは既存の処理方法の改善をご検討の際は、まずは信頼できる専門業者にご相談いただくことをお勧めします。
専門業者が周りにいない時や、第三者の意見を聞きたいときは、工場のセカンドオピニオンであるウォーターデジタル社にぜひお問い合わせください。