工業用水に水道水を利用する際の留意点:残留塩素がプロセスに与える影響と対策
工場の安定稼働において、用水の品質管理は極めて重要な要素です。日本全国どこでも容易にアクセスできる水道水は、その手軽さと安定した供給量から、多くの工場で工業用水として利用されています。しかし、「飲用できるから安全」という認識のまま水道水をプラントに使用すると、思わぬトラブルを引き起こす可能性があることをご存知でしょうか。
今回の技術ブログでは、工業用水として水道水を利用する際に特に注意すべき「残留塩素」に焦点を当て、その影響と具体的な水処理対策について解説します。
水道水に含まれる「残留塩素」とは
私たちが日常的に利用する水道水は、水道法に基づき、衛生上の措置として塩素による消毒が義務付けられています。蛇口から出る水に一定濃度の「残留塩素」を保持することで、給水管内で細菌が繁殖するのを防いでいるのです。
この消毒に使われるのが、一般的に次亜塩素酸ナトリウムです。私たちの安全を守るために不可欠な残留塩素ですが、こと工業用途においては、この塩素成分が様々な悪影響を及ぼす要因となり得ます。
なぜ工業プロセスでは塩素が嫌われるのか?
特定の工業プロセスにおいて、水道水中の残留塩素は極めて有害な物質として扱われます。ここでは、塩素が嫌われる代表的な理由をいくつかご紹介します。
1. RO膜(逆浸透膜)の酸化劣化
純水や超純水の製造に不可欠な**RO膜(逆浸透膜)**は、残留塩素に非常に弱いという特性があります。RO膜の素材であるポリアミドは、塩素に接触すると酸化され、不可逆的な劣化(孔が広がるなど)を引き起こします。
膜が劣化すると、本来阻止すべき不純物を透過させてしまい、製造する純水の水質が著しく低下します。水質低下は製品の品質に直結するため、RO膜を使用するプラントでは、前処理段階での確実な塩素除去が絶対条件となります。
2. 金属(特にステンレス鋼)の腐食促進
一見、錆びにくいとされるステンレス鋼(SUS)も、残留塩素が存在する水中では腐食のリスクが高まります。塩素イオン(Cl⁻)は、ステンレス鋼の表面にある不動態皮膜を破壊し、孔食(こうしょく)や隙間腐食といった局部的な腐食を引き起こす原因となります。
配管やタンク、熱交換器などに孔食が発生すると、ピンホール(微小な穴)からの漏水や、最悪の場合は設備の破損に繋がる可能性があり、プラントの安全性を脅かす重大な問題です。
3. 製品の品質への直接的な影響
業種によっては、残留塩素が製品の品質に直接的なダメージを与えるケースも少なくありません。
- 食品・飲料製造: 製品の風味や色合いを損なう原因となります。特に、醸造や清涼飲料水の製造においては、厳密な塩素管理が求められます。
- 化学・医薬品製造: 意図しない化学反応を誘発し、不純物を生成したり、製品の純度を低下させたりするリスクがあります。
- 電子部品・半導体製造: 部品の洗浄工程で使用する純水に塩素が含まれていると、製品表面に残留し、絶縁不良や腐食の原因となるため、徹底的に除去する必要があります。
水道水から塩素を除去する具体的な水処理方法
このように、多くの工業プロセスで問題となる残留塩素は、適切な水処理によって事前に除去する必要があります。代表的な方法として以下の2つが挙げられます。
活性炭による除去
最も一般的で広く採用されているのが、**活性炭(Activated Carbon)**を用いたろ過です。活性炭はその多孔質な構造により優れた吸着能力を持つほか、接触分解反応によって塩素を無害な塩化物イオンに分解します。導入が比較的容易である一方、吸着能力には限界があるため、定期的な活性炭の交換が不可欠です。
還元剤による除去
亜硫酸水素ナトリウム(SBS)などの還元剤を添加し、化学反応によって塩素を中和・除去する方法です。注入量の精密なコントロールが必要となりますが、確実性の高い塩素除去が可能です。
まとめ:適切な水処理設計で安定稼働を実現する
水道水は便利な水源ですが、工業用水として使用する際は、その水質特性、特に残留塩素の存在を正しく理解し、自社の製造プロセスへの影響を評価することが不可欠です。
残留塩素による設備トラブルや製品の品質低下は、企業の生産性や信頼性に大きな損害を与えかねません。プラントの要求水質に合わせて、活性炭処理や薬品処理といった適切な水処理設備を導入し、安定した用水を確保することが、長期的な安定稼働の鍵となります。
水質の問題や既存の水処理設備に関するお悩みは、専門的な知識と経験を持つ業者に相談することが解決への近道です。
専門業者が周りにいない時や、第三者の意見を聞きたいときは、工場のセカンドオピニオンであるウォーターデジタル社にぜひお問い合わせください。