長期休暇前に潜む排水処理の危機:工場ライン洗浄の注意点と対策

大型連休や年末年始など、工場の生産ラインが停止する長期休暇前には、普段なかなかできない場所の清掃やラインの徹底的な洗浄を行うことが多いのではないでしょうか。工場を最適な状態に保つために不可欠な作業ですが、この洗浄が思わぬ形で排水処理設備に深刻なダメージを与え、休暇明けの生産再開に支障をきたすケースが後を絶ちません。

今回は、長期休暇前のライン洗浄が排水処理に与える影響と、その対策について技術的な観点から解説します。

なぜライン洗浄排水が排水処理のトラブルを引き起こすのか

通常の生産活動で発生する排水と、ライン洗浄で発生する排水は、その性質が大きく異なります。特に問題となるのが、洗浄時に使用される洗剤や殺菌剤です。

多くの食品工場や化学工場では、生産ラインに付着した油脂やタンパク質、その他の有機物を除去するために、強アルカリ性や強酸性の洗剤、あるいは次亜塩素酸ナトリウムなどの強力な殺菌剤を使用します。これらが一度に大量に排水処理施設へ流入することが、トラブルの引き金となります。

普段の生産排水は、比較的安定した水質・水量で流入するため、排水処理も安定しています。しかし、洗浄排水は高濃度の薬品短時間に集中して流入するという特徴があり、排水処理、特に生物処理のバランスを根底から崩してしまう危険性をはらんでいるのです。

排水処理の心臓部「微生物」への致命的なダメージ

多くの食品工場などの有機性物質を含む排水処理では、水中の汚濁物質を分解するために微生物の働きを利用した生物処理が採用されています。この生物処理の主役である微生物は、非常にデリケートな存在です。

ここに、ライン洗浄で使われた高濃度の洗剤や殺菌剤が流入するとどうなるでしょうか。

  • pHの急激な変動:強アルカリ性・強酸性の洗剤が流入すると、活性汚泥槽内のpHが急激に変動します。微生物はそれぞれ最適なpH領域で活動しており、急な変動は活動の低下、ひいては死滅に繋がります。
  • 殺菌剤による直接的なダメージ:次亜塩素酸などの殺菌剤は、その名の通り微生物を殺すための薬品です。これが流入すれば、汚濁物質を分解してくれる有益な微生物まで殺してしまいます。
  • 界面活性剤の影響:洗剤に含まれる界面活性剤は、微生物の細胞膜を破壊したり、そもそも洗剤なので付近を泡だらけにする原因となります。

一度ダメージを受けて死滅してしまった微生物群は、簡単には回復しません。その結果、処理能力が著しく低下し、休暇明けに生産を再開しても、流入する汚濁物質を処理しきれず、排水基準を超過してしまうリスクが高まります。

トラブルを防ぐための最も重要な対策:生産部門との連携

この種のトラブルを防ぐために最も効果的で重要な対策は、排水処理の担当部門と生産部門との事前の情報共有と連携です。

排水処理担当者は、生産部門が「いつ」「どこで」「どのような洗剤を」「どれくらいの量」使用するのかを、事前に正確に把握する必要があります。

具体的な連携・対策内容は以下の通りです。

  1. 洗浄計画の共有:長期休暇前には必ず洗浄計画に関する打ち合わせの場を設け、使用する薬品の種類、濃度、使用量、洗浄時間などを確認します。
  2. 使用薬品のSDS(安全データシート)の確認:使用する洗剤のSDSを取り寄せ、含有成分やpHなどを確認し、排水処理への影響を事前に評価します。
  3. 洗浄方法の検討・調整
    • 可能であれば、生物処理への影響が少ない中性の洗剤への変更を依頼する。
    • 高濃度の洗浄排水を一度に流すのではなく、原水槽や調整槽に一時的に貯留し、数日間かけて少量ずつ移送(希釈投入)する。
    • 特に影響が大きいと判断される洗浄排水は、系内に流さず、産業廃棄物として別途処理する。

こうした地道な調整が、結果的に排水処理の安定稼働を守り、休暇明けのスムーズな生産再開を可能にします。

まとめ

長期休暇前のライン洗浄は、工場の衛生管理上、非常に重要です。しかし、その洗浄排水が水処理という観点からは大きなリスクとなり得ることを、工場に関わる全ての人が認識する必要があります。

「洗浄」と「排水処理」は別々の作業ではなく、密接に関連しています。部門間の壁を越えたコミュニケーションと計画的な対策が、予期せぬトラブルを防ぐ鍵となります。

まずは、お付き合いのある水処理専門業者に相談し、自社の状況に合った対策を講じることをお勧めします。


専門業者が周りにいない時や、第三者の意見を聞きたいときは、工場のセカンドオピニオンであるウォーターデジタル社にぜひお問い合わせください。

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